現在2010年の春もたけなわですがこの記事は2008年の春もたけなわです。

黄金井オサム

2010/04/16 23:00

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元旦と云えば洗濯。

この年も年越しライブが終わって部屋に戻ると早速ツアー中に溜まった洗濯物の

大洗濯大会が開催されました。

御来光に間に合った洗濯物達ときらめきながら新年の豊作を願うのであります。

さてさて今回はこのブログのテーマ「情緒」にぐっと近ずいて哀愁の列車三昧!

洗濯物が乾くと、東京での新年ライブから東北へ北陸へ

福井県からの演奏依頼に周辺調査(本来必要のない行動)も兼ねて寝台列車北陸に。ついでに、仕方なく、縁起ものだし、せっかくなので蟹を食べながら金沢から能登半島等巡ります

日本海の海鳴りが殆ど真下から聞こえるこの部屋には二年連続でお世話になりました↓雷鳥で新潟経由で1日だけの東京に戻る。和むカタチでしょ↓

寝台列車「銀河」で京都、ひと仕事して「あかつき」(両列車共2008年3月14日廃止)に乗って大分へ。あぁ、もうこんな夜行列車三昧は出来ないのだねぇ。

日本の郵政民営化が良しとされた大マスコミ嘘つきフィーバーに殆どの国民が騙され始めたこの頃、JRにも採算主義を肌身で感じ日本の未来を絶望する。

竹中&小泉純一郎を操って日本を温もりの無い国へ急加速させた国賊達にとっては飛行場さえあればいいんだもんね。飛行機が来なくてもね。↓は1970年まで活躍した豊後森機関庫。

列車の旅でもイイ湯があると聞けばついつい寄ってしまう。おまけにまだ宿もとってなかったので荷物全部持って谷底へ。

地元の人に「あんた、みぃうじしゃんだろ?」

なんて言われて「ええ、まあ」

と会話が始まること数回。なんでわかったんだろうなぁ~。石の底から湯がじわじわと湧く壁湯は、そりゃぁ心地の良いお湯でした。地元の皆さんありがと~!

安心院の圭昌寺跡(特に洞窟内)夕方くらいに行くと会えるかも(何に?)

僕が別府の町を好きなのは人、湯、空、海と欲張れるからです。駅前のビジネスホテルでさえ源泉かけ流しの湯から山がこんなにきれいにみえるんだもん。すごいよ。

九州横断特急とこの旅に連れてったギターケースは色がびったり!熊本へGO!

なは」のシングルは線路と平行でイイ感じ。車窓の月は夜行列車の醍御見。

日本の列車で食べれる唯一のレストランの昼食はトワイライトだけ。ディナーも列車の中で一番おいしい。この列車に乗ったら昼と夜レストランに通う事。

個室でこっそりギター            車掌さんあつかれさん

今から思うとこの旅が最後の「殆ど寝台列車」による日本縦断の旅だった。

ここまでうまく各地で仕事があった事も奇跡、感謝です。

「北陸」「銀河」「あかつき」「那覇」「トワイライトエクスプレス」「はまなす、、、

そう、その「はまなす」に余裕で乗るために出発一時間前に駅に着いた。

仕事熱心な僕は駅のベンチを机にしてデスクワークを始める、、ん?

気付くと「はまなす」はもういなかった。

朝一の「かもしか」で秋田に。ライブには間に合ったけど皆さん気をつけましょね!

雪の大地を眺める車内の昼ご飯、作曲家(本当)の手による秋田の晩餐。

秋田から津軽に向かった「内陸縦貫鉄道」の車窓は雪山景色のチャンピオン。

子供たちが書いた旅人へのメッセージにもジンときてしまった。また乗りたいな。

この年から始まった弘前パークグループの黄金井脩ディナーショーはこの景色がもれなく付いてくる。いいホテルなんだよ、情緒たっぷりでね。

今度はバスに乗ってお岩木山へ。恒例雪上風雪ライブに向かう。バスで小一時間揺られたら「ぶなこで降ろしてね」と運転手さんに言えばこのおっかさんに会えます。

盛岡ライブ翌朝には新幹線の連結を指差し確認して東京へ。

その翌日は横浜のライブ前に海に向かってバタヤンなど口ずさむ。

この後暫くはHPにあるヨーロッパ編を見てね。

ヨーロッパから帰国した翌日は東京駅で寝台列車「ふじ」(2009年3月14日廃止)を待つ。新幹線のホームの下の情緒はこの時には風前の灯。でも迷わず富士に乗って博多ビルボードでのライブに向かいます。

ブルーノート時代にお世話になったスタッフとの再会を喜んでいたのに「ふじ」も「ビルボード」も無くなってしまった。そして名古屋会場の舞台裏↓

伊東ライブの後は同年チームの罵り合いで元気をもらう。東京に戻ると六本木

スイートベイジル本番前に交差点でギターを弾く少女に出会った♪

京都丸山の母桜↓              近江の二色桜↓

和歌山城の晴桜↓              じゃんじゃんのサクラ(嘘のお客さん)嘘

翌日は父の命日。「くろしお」に乗って久しぶりの当日墓参りに出発!目黒川の桜↓

またまた神戸へ、広島へ、、東京へ、演奏の旅は行ったり来たり。

そんな二人が共同で僕を撮ってくれました。この後の演奏の時と同じく楽しかった!

そんな二人が共同で僕を撮ってくれました。この後の演奏の時と同じく楽しかった!

日本海を北上して山形での演奏翌日は鬼首を抜けて、三途の川を渡って、対向車は来ないと信じて川原毛地獄に向かう。

歩いていくと湯の滝はまだ水だった。

でも実は川の方が情緒があるのだ。滝の湯は水着着用←プールじゃないんだから。

岩城の湯からの日本海↓停泊中のブルーアジア号の下で休む猫↓

秋田指定文化財の素晴らしく情緒のある控室だったが傷つけたら大変なんで気持ちは休まりません。明け方着いた由利本庄の花↓

秋田から岩手に入ってすぐにある国見温泉が大好きです。この年は二日続けて来ました。予約して宿泊するべきだった。 

↓内湯   ↓外湯

まだ雪がドッカりある山を下りて盛岡まで新幹線との勝負に挑む。

南部杜氏の里でのライブは月と。大通りでの打ち上げは子供達と。

歴史小説の高橋克彦さんの「天を衝く」は九戸を中心に南部での戦がリアルに伝わってきます。僕も旅の途中で空気と地を読んで停泊する場所やタイミングを決めます

が、戦国の武将と土地を読む感覚が同じなのでビックリします。たまに「あ、間違った」と思う時もあります。例えば濁流の傍だったり、お風呂に入れなかった時。

この夜も営業時間ぎりぎりで快く入れてくれて助かりました。

八戸は情緒が溢れてますからライブ時間外もとっても楽しい。蟹も美味い。

八食でお腹がいっぱいになったらイザ東京へ。水田は日本の宝。みなさん、そう思いませんか~!ありがと~東北みちのく北国の空(^^r

]

広島に着くといきなり職務質問?っと思ったら以前ライブのお手伝いをしてくれた学生がこんなに立派になっちゃって、嬉しい(涙)↓は流川の無茶苦茶Boys

被爆後3日後に無料で走り始めた広電。

お客さんが降り際に言う「ありがとう」はその時から続いているらしい。

今年も宮島でライブさせてもらいますが、なるべくならば早めに来て平和記念公園に寄ってみてください。原爆ドームは静かにみなさんが通るのを見守ってますよ。

そう、そして原爆ドームで降りる時は「ありがとう」ね(^^)

市電(広島→原爆ドーム)15分位

JR(横川→宮島口)25分位

フェリー(宮島口→宮島)15分位

という交通をご検討してみてくださいm( )m ↓島内の黄金井記念しゃもじ制作所

観光協会の理事は夜になると宮島太鼓の兄貴になる。ちなみに奥さん奇麗。

ライブの時にこの方がいると荷物が夢のように早く方付く。今日は弥山の山頂付近で平和の火の元火「不消の火」を守ってました。真言宗の声が響きます(合掌)

弥山のお猿さんファミリー        宮島のクールな鹿

下から見たらそんなに高くなさそうだったので走って登りました。

はい、当然何度か死ぬ目に逢いましたが、この景観に心の底から涼めました。

ちなみに僕が登ったルートはこの時振りだした雨で崩壊して現在も進入禁止です

みなさんケーブルカーで来てください。

宮島で不良先輩達と暫し娯楽の一時を終えて東京に戻ると馴染みの店がまた一軒消えていました。中目黒を拠点にして早8年。行きつけの定食屋さんは略全滅。

モーションブルーライブの後はスタッフの暖かい労い声とこの夜景

逗子ではこの欠食児童達の無邪気な行動が最高のプレゼントでございます。

伊東では黄金井脩応援隊フラダンス部のメンバー「ホテルよしの」にご一泊。

湯も料理もすごいイイのにほっといてくれます。

街を歩けばこんな看板。なんと懐かしいタイトル。ん~ここは情緒満載だ。

「二人を泣かす~城ヶ崎 咲けよ匂へよあのサボテンの 棘より痛い 別れ風♪」

これが本当の赤沢温泉。DHCさん、この辺りをあんまり開発しないでね~!

今日も湯は地から湧き、蝶も元気になって飛んでいった。

長野の山奥で給油して、名古屋の町はずれでタイヤを替えて、西へGO!

京都の情緒満載ライブの後は祇園の祭りでひと汗流し

和歌山の情緒満載ライブの翌朝はヨットレースでひと汗流し

徳島の情緒満載ライブの翌日は川下りでひと汗流し(↓遭難中)

何故か途中から列車と船の旅となり山口へ

徳山プレイボーイズのメンバーは背中がカッコイイのだ、どぉ~だ。

この年も 臨済宗別各寺 漢陽寺 で前半終り、お陰様ですありがと~!

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