2010年旧暦も明けましたがこのブログは2007の後半(^^r
衝動買いこそ意味ある買い物だと自分に言い聞かせながら、ネットで買った帰国子女はこつこつと日本の道路事情に合わせて、ナンバーもクーラーも付いた。
今でも踏めば早いスポーツカーなんで改造してる人が多いこの車、今時めずらしい
細いタイヤ、細いハンドル、細いマフラー、インチキくさいこの色とかに惚れてるので見た目は代わり映えさせません。ブルーアジア号に比べれば小さいですが、ギターが2本、後ろにピタッと収まって、ライトバン240Zは早速仕事の相棒になってます!
↓エンジンが止まらない程元気だったので、一応止まるようにしてもらいました。
↑逗子の山奥にある、それはx2恐ろしい魔の屋敷(某、逗子クリストバル)のカウンターに潜んでいた雑誌にこの記事を発見!
僕の曲にある「デル・コンテッサ」はこの車のレーシングタイプの名称。
240Zの維持は色々厳しいですが持てるとこまで持つつもりです。あぁ厳しい。
かれこれ20年以上行きつけのカフェが東京の西の果てにある(某、ベアトリーチェ)久しぶりに訪ねるとマダムが嬉しそうにカキ氷の機械を出していた。セレブなお客さん達はカキ氷を頼まなければいけない雰囲気にビクビクしていた。
やっぱ鉄。やっぱ手動。いつまでも大事にしてね~おいしかった(^^v束の間の東京を後に夜行列車(僕の通勤列車)で大分へ。山手線で通勤の皆さん行って来ます!
↑2年ぶりに招かれた塚原高原まつりはでっかいイベントになっていた!
誰かが始めて、また一人見かねて助けて、どんどんイイ祭になってゆくんだねぇ。
行政のみなさん、本当に民を思う気持ちがあるならこれ以上箱物は要りません。
こうして汗まみれになっている少年達(ちょっと歳いってますが、、)が安全に舞台を作れて、出演者が安心して表現できて、みんなが楽しく遊びに来れる為の予算を組んでください、期待してるよ新政権。富士に乗ってトンボ帰りの東京はスタジオ直行!
右側の太ったおっさんは僕が中学生の時(新宿の歌舞伎町をうろちょろしてた時代)から飯食わしてもらったり録音してくれたり世話になってるエンジニアです。が、ずっとぱっとしません。えっ?余計なお世話ですか?すいません。でもこのまま歳をとらせるのが気がかりなのでお見合いさせたいんですが(勝手に)一応コルグ立ち上げからいるエンジニアで元サックスプレーヤー
候補立候補される方はご一報ください
↑池上本妙院ライブを終えて信州へ向かう。雨の夜の高速道路でライトが消え、
ワイパーが飛び、めでたくパトカーに先導されて高速道路警察隊の基地に御招待!
(真っ暗闇のスポーツカーが走ってるという通報があったらしい)屋根の下で応急措置をとらせてもらって再出発!隊員の皆さん、ありがと~!
翌日、山間を走っているとカラカラ、、ん?と車を停めるとタイヤのホイルキャップが丘を駆け降りていました。もちろん追いかけてキャッチ!昔のスポーツカーはスピードなんか出さなくてもいっぱいスポーツを味わえるんだよ。
神戸の後は台風近付く9月。真言宗大本山大聖院ライブに向かう宮島の路地。
「その荷物じゃ大変じゃろ~」と荷物が救助された次の路地で
「おっと、今日は何かあるんかえ?」と地元の偉い和楽器奏者達に声を掛けられ
「何処まで行くんじゃ?乗せて行ってしんぜよう」と、次の路地で車に収納されて
たいそう幸せな道中でごした。
宮島は神の島、ヤヨロズの神に会いに、来てみんさい、宮島へ(^^v
広島市街ではマセラッティの新車発表で唄い熊本へ↑ここの焼き肉うまい!
ガラシャさんの部屋に宿泊して演奏もそこそこに宴に紛れる僕だった。天草の漁師の親分は外見ヤクザですが半端なく面白い人です↓
大阪の城下町に咲く芝居小屋もりもり。ライブポスターを描いてくれるこの方は↑実は作家であり、文化財候補であり、この店のカウンターの一部でもある。
↑苫小牧に上陸すると丸駒温泉に寄ってしまう。支笏湖を眺めるこの温泉に入ると大らかな気が湧いてくるのさ。
札幌ライブを終えて北見に向かうと三国峠で積雪。どこに行っても大自然の歓迎に会う幸運をかみしめながら夏タイヤのブルーアジア号は滑りだす。この分では停泊は危険と判断して塩別つるつる温泉に正しく滑り込む。運良く夕ご飯にも間に合った(^^v
名前からしてあんまり期待してなかったけど人もお湯も優しい宿だったなぁ。
翌朝は大好きなマツダサバンナを見ながらめでたく北見に向かい、めでたく打ち上げの牛を食べた。肉も魚も人間も、網走管轄はとっても美味しい。
北見相生駅。ラッセル車は雪のない時に見ると恐ろしい感じがする。それだけ厳しい季節と戦ってきた凄味なんだろうか。こうして保存してくれてる人達に感謝。
霧の時が多い摩周湖は今回初めて姿を見れた。恥ずかしがり屋の微笑みか。
いきあたりばったりで入った阿寒湖の湯は宿の自慢でした。地味だけどとても好い湯その後、宿の姉さんの導きで松明の明かりのアイヌのイベントの再現に参加。
僕はイヨマンテは好きではないけど、アイヌのムックリも生活様式も、素晴らしい。
このまま自然を敬う精神を忘れてアメリカ依存を続けたら大変なことになると思うな。富は心に蓄えるべきでしょう。目先の経済論で得する一部の人々と、その手先であるマスコミに左右される人々。目覚めよ日本住人。今日も阿寒湖は岸辺に熱湯が噴き出しています。
↓釧路のひまわり ↓釧路の太陽
オンネトーは神秘の色で今年も迎えてくれました。

天然記念に指定されたようで入れなくなった温泉(措置に賛成)の下は湯の滝で、近くのオンネトー温泉で温まる。
↓帯広、夜の警察官。 ↓今度の峠は濃霧注意報
ブルーアジア号を停めて、歩いて戻った橋の真ん中から撮影。歩道がないのに車が飛ばして来るので恐ろしかった↓ 忘れ去られそうな蒸気機関車↓
この日は強風で苫小牧の道で波をかぶるほど。フェリーの時間まで白老温泉で待つ。風の強い日の露天はなんとも素晴らしいのです。でも無事八戸へ渡る。
八戸で見るキティーバスはまた深い趣がありまして、道中の名湯、谷地温泉でキティーの効能について考えたりします。
紅葉の十和田を越えて津軽へ向かえば、大先輩の花ちゃんが弘前で演奏してました
お岩木山ではこれからの獄温泉を背負って立つおっちゃん(僕より若いですけど)が
りんごと共に待っててくれました。ここ山のホテルの湯は真珠の粉のように綺麗だよ赤いりんごにくちび~る寄ぉ~せ~て~♪と唄いながら入るべし。
↓「ぶなこ」前、枯木平の夕陽 ↓「黒森の道」脇には水芭蕉がこっそりといる
お岩木山の公民館は秋と共に盛り上がりました♪♭♯、、。
↓が、電車と船と車で移動してたら二台とも津軽だ↓どうやって帰ろう、、。
とりあえずブルーアジア号で秋田ライブへ。
そして翌日は八幡平から八戸まで、ず~と月とのランデブゥー(^^v
八戸の常宿第一ホテルの部屋がとても気に入ってる。
そしてこの劇場もいつか行かなくちゃ!八戸は昭和浪漫の港町。
やはり常連の八食で魚を食べたらまた岩手に。この年は奥入を瀬何往復したかな。
この辺で東京、横浜、京都をワープして大回り、天の橋立の月を眺めて秋も深まる

海沿いのレトロな景色を見ながら向かった伊東でライブ中にこんな話をした。
「伊東マンションと書かれた駐車場で撮った40年近く前の写真があってね、伊東に来ると思い出すんだ」ちなみにこれがその写真。一番左がパパ。
ギターを持ってるのが当時パパの経営してた銀座のクラブの店の専属ボーカルで
通称フケチャン「昭和ブルース」のオリジナル歌手(ファルセットを歌ってた人)
一番右はアルバム朧に出てくるMiTio「僕の叔父」船乗りです。*クリックで大きくなる
すると
「まだあるよ!伊東マンション」
うそっ!行ってみたら写真と同じ景色。
敷地に入らせてもらったらこの景色。
今まで謎だった下の写真。黄色がママで和服がおばあちゃん。
なんでこんな何にもないところで写真撮ったのかなぁ、とずっと思ってた謎が解けた。
そっか、この写真の反対がこの海の景色だったのか!
今頃はみんな天国で「やっとわかったかいおさむ!」なんて仲良く笑ってるんだろな。
っつうか、普通、海をバックに撮るだろ?ま、パパは冗談で出来た人間だった。
謎が解けたら、この海が湯がもっと恋しくなった。故郷の海じゃん♪
ちなみに上左は黒根岩風呂、右は常宿、大東館にある防空壕の突き当たりの風呂。


