05年からちょっとワープぎみに
几帳面な僕は細かく紹介したいのですが、あまりにエピソードも画像も旅も多いので心苦しいですが5年から暫く、はしょりぎみで飛ばしていきましょ(^^r
年越しライブを京都のライブハウスで終えると昨夜の雪が嘘のような元旦の富士山
1月のうちにまた神戸(画像右)、信州、東北へ
「山は富士、海は瀬戸内湯は別府」熊八さんの言葉を思い出しながら嫌いな飛行機に多く乗らなければならなかったのもこの年の思い出ですなぁ。左は2月鹿児島ライブへ向かう機内からの富士山、真中は3月終りの宮島での出来事、右は5月宮崎ライブに向かう機内からパシャリ(今はこんな音はしません)
大分の佐伯という大きな港を知ってます?やはり何度か演奏させていただいた町には魚のおいしい料理屋さんにお風呂がありました。源泉かけ流しなんて言いながらしっかり塩素を入れてる風呂の多い中、海水を沸かすというのが実に潔よし!日豊の海を見ながら獲れたてのたての海の味を待つ(残念ながら最近焼失してしまったらしいです)そして、双方反対傾斜の床を持つ旅館「宝来館」で休みます。ここは温泉ではないけど趣のあった風呂は新しくなり、現在はおいしいお茶類が飲めるらしいです(画像中央は前年に車で来た時の模様)東京にあるNYパワーハウスという美人揃いの企画会社で企画してくれた別府杉乃井ホテルディナーショー♪泊まりはゴージャス極まりない部屋を独り占めだし(^^vありがと~!棚湯や雑技団の大きなホテルだけど地階(と言っても高台なのでこの景色)にはしっかり地に足の着いた温泉もあってほっとします。どこまでもお客さんを喜ばせるホテルです。
大分空港のそばに不思議な温泉ワンダーランドを発見!たくさんの岩風呂すべてが黄色いテントの下。お湯の温度を細かく選べます。お湯は無色だけど濃厚で毎日でも入りたくなるような感じ。番台のおばちゃんと友達になりました。しばらくして僕の大分方面での新聞等の切り抜きとお湯の券を送ってきてくれました、涙出ました、ありがと。空港に行くなら「赤松温泉」は絶対に外せない
東京に帰ったとたん、山梨は湯村温泉に僕を招いてくれた社長の訃報が届きました
石和でのディナーショーの時に「僕は亡き黄金井父の後輩なんだ」と教えてくれた江戸っ子っぽい話口調がもう聞けないのかと、、。でも出会えてよかった。ありがとうございます。動くたびにある出会い、動くたびにある別れ。みなさんどうかお元気で。
葬儀の帰り道、徹夜の体を道すがらの湯で温めて車で休んで帰りました。塩山温泉のおねえさん、みかんありがと!おいしかった(^^)
*右の画像は04年度の石和かげつディナーショーのリハーサル風景
同じく5月に訪れた津軽のふるさと「ぶなこ」の湯。東京を出発しようとしたらパンクしてるのを発見。直したら時間がないので慌ててバックで壁に激突(この車は後ろが全く見えない)で、後ろのドアが開いたままになりました。関東地方は土砂降り。止まると雨が入ってきてしまうので東京からノンストップで走ったのでした。しかし、このお湯にどぼんと入れば「おつかれさん!」と月が出てる。僕も「明日の演奏がんばりま~す」と答えるのです。これがガイドブックに載らない本物の秘湯です。ドアは主の友人が翌日直してくれましたm( )m岩木山の御利益御利益!ありがたや。そして北海道に渡り札幌と定山渓の間の黄金湯に立ち寄りますが今は新しくなったそうです
そして小樽で見つけた古い線路。この先に昭和があるんだね、きっと。あ、ありました。交通博物館と古代の文字と戯れましてから神威の崎へ向かいます
上でぇ~言うぅ~ならぁ~カムイの岬よ♪この民謡も大好きですが、昔、義経を追ってこの岸壁から散ったチャランカの呪いはここを通る船をことごとく沈めたそうです。船で旅立つ義経に叫んでも届かない想いは「この海を通る和人の船我沈めし」の言葉に変わり身を投げてしまったと聞きました。近代まで女禁制で、この岬の入口には女性の入れなかった門がまだあります。そして念仏トンネルの悲しい話も。そして現代も北海道のトンネルには切なく憤りに近い、そう蟹工船のような話が沢山あります。新しいトンネルの脇によく見かける封鎖されたトンネルからは無言の叫びが聞こえます。今も難所のこの岬沖。先代の方々の苦難の歴史の上に気楽な観光旅行が成り立つこと忘れてはならないですね(合掌)
ブルーアジア号での停泊も何日かに一度は宿に泊まってみます。ニセコアンヌプリ温泉は全く気楽なのに素晴らしい素直なお湯。遅くの到着も明るく迎えてくれましたm( )mいつも思いますが一人旅って宿からはあまり歓迎されないのですが、僕は今のところ好い巡り合わせを頂いてます、ありがたい。6月の北海道は人も多くなくてこんなふうに太陽を独り占めできるんですよ(足でつまんではいけませんねぇ)。このあたりにモッタ温泉っていうお湯を発見したのですが、湯守のオジサンは言います「ここは日本で2番目にすごいんだ」へっ、何が?と質問しても答えてくれません、ていうか、わかってないみたいでした。が、いい雰囲気でした(^^)そしてこの温泉が「日本一のお湯(なにかの成分が)出現!」と後年、記事になってました。オジサン控え目だったのだった。やはりガイドブックには載りません。
青森側まぐろのおいしい「大間」に上陸。やはり恐山には呼ばれますねぇ。地獄を抜けるとこんな極楽が待ってました。泳いではいけないそうです。下北半島には不老不死(津軽のは不老ふしとは字も違います)や薬研温泉があり通り過ぎれません。今回は川沿いの秘湯かっぱの湯で休んでからそばを食べました。店の人がみなさんいい感じで知ってた人達だったかなと錯覚するナイストリップ(^^v
南部で数箇所にわたるライブも無事終了♪お手伝いのみなさんありがと~!そして太平洋側を下って撮ったセルフタイマーの達人MrOsamaのワンショットもど~ぞ!
この日は霧の中、三陸のトドヶ埼という岬に歩いて行こうと車を止めたら漁師さんに「今から行ったら危ないダメだ」と言われて「走っていっても?」「だめだめ」「ちょっと行って引き返しても?」「絶対だめ」と問答の末諦め、翌日早いうちに再度チャレンジしました。獣道を何キロも行くと、、、道、崩れてました。危ない危ない。お陰様で無事に行ってこれました。この日は真昼なのに道中誰にも会わなかった。昨日の漁師さんとの出会いは奇跡だったのか。「名も知らぬ漁師さま、昨日は僕を引き止めてくれてありがとうございました」と唱えるのでした。あ、しかし、このあと宮城あたりで車を山の脇に落してしまいました(^^)通行禁止だったことに気付いて、慌てて山道をバックでアクセル全開にしたのがいけなかった。通りがかった11トンダンプが「こんなでっけ~車引っ張れないぜ」といいながら里の修理屋さんに乗せてってくれました。工事現場の方々、ダンプの方々、ありがと~!この夏ブルーアジア2号(二代目シェビーバン)には可哀そうな経験をたくさんさせてしまいました。そう、この車の注意書き「*なるべくバックはしないこと」を忘れていた。でも、この夜は常磐の帝王達が接待してくれました。温泉えがったなぁ~ありがと!
数日後、こんなふうに船を飾る日に宮島にいました。
そしてまた数日後、北海道の硫黄と戯れていました。
今回の北海道で見つけた昭和の香り3点セットを紹介しましょう(^^r
まずはオホーツクの船と列車が原っぱで寝てました。次は小樽から札幌に向かう時に見つけたフォードピントとエコノライン。このピントの黄緑色に若き日のMrOsamaは乗っていたのでした。懐かしぃ~~!そして最後はツインカムのゴッド姉さんのお家に招かれて対面した旦那さんのドーナッツバンコレクション!ジャケ写が泣かすねぇ~。おまけは網走のイカリ。この風景、昭和でしょ(^^)北海道よ永遠なれ!
さあ大好きなトワイライトエクスプレスで関西に向かうぞ~!車窓からは夏休み中の除雪車連合。この年は自分のライブでなく宮島の社籠という行事で厳島の舞台で演奏させていただきました。なんか僕って写真上手い?
大阪でのお呼ばれライブのあとは山口でのライブ前FMプロモーション。局を出たらこんなSLがありました!九州も回って嬉野の温泉を満喫してハウステンボスでディナーショー!ここは大人が楽しめる数少ない楽園です。お勧め(^^r

さてさて、これは花輪線で秋田は大舘の会場に向かう時。この景色を見ながら新沼、いや宮沢賢治もこの列車に乗ったのかな。こんなふうに窓の開く列車がいいなぁ。少年時代は雨が降ろうが窓から顔を出して謡を歌ってました。友達たちも顔を出して聞いてました。バカでした。でもバカのいない時代は寂しいな。そぉ、どこかの駅で乗ってきたモンペ姿の小さなおばあちゃんが、ぴょこんって椅子に正座で座ったかとおもうと膝の上に布を広げておにぎりを食べ始めたのを思い出すなぁ。窓の外の緑、開いた窓から入ってくる土の匂い、、かわいいあのおばあちゃんは元気だろか。
~ふるさとの山に向かいて言ふことなし~
夏の大湊線、秋の花輪線、冬の五能線、雪の秋田内陸縦断鉄道、夜汽車の銀河鉄道、こりゃぁ国の宝ですよ。そして秋の津軽に到着しました。右は岩木山の枯れ木平
手作りのライブ案内板、秋のぶなこの湯、駆けつけてくれた兄ィ、あぁ津軽。

竜飛岬の大根
