2011初冬にまとめる今年の夏前半!(旅#40)

黄金井オサム

2011/12/20 01:15

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山形、庄内は国指定名勝、玉川寺の茶トラ。立ち入り禁止を守ってます。

ライブ後は実行委員会はスタンウェイのある家に押し入りました。

翌日はライブやライブ予定地訪問で北上開始。

 すると晴れ渡る空に黒い雲、、、近くなってみたら火事だった!

   比内のお寺に着くと境内に不審者が、、、。あ、チームぶなこ(^^v 

比内で唄う天使        大館で唄う天使

大館会場のライブ後      花輪でライブ予定地内見   

鹿角の鉱山跡(古遠部鉱山)観察  弘前の巨匠(秋田先生)の個展来訪

松緑ライブの演奏後は旨い酒の宴。ストーブ列車の社長も豆腐屋さんもねぷた衆も盛り上がっております。       翌日は日本海をまた北上、の夕陽。ヒトっ風呂

夜中に恐山の下を抜けて港の近くで朝を待つ。この辺りは鉄道遺産が多いのだ。

函館に渡ると街は偶然にも花火大会。寒かったが前日入りのラッキー。

 そして花火にも負けないくらい輝く女の子が歩いてました。これ流行ってるの?

そしてリーフは縁のある場所にお引越ししていた。おめでとうございますm( )m

祝!引越し~~!!!!

 なんかイイ雰囲気の建物だなぁ。よしこの辺で停泊としよう。 

朝、目覚めてみるとあの建物はニッカの工場。

 目の前は宇宙記念館だと分かりました。勿論一番ノリで入場。

  おまけに懐かしいスタイルのチョッパー。乗っていたのはナイスガイ達でしたよ。

小樽側から札幌を目指し、いや、メザシじゃなくて、、。時計台ライブ♪

 では久々の猫~!7つセットin定山渓(^^v 

         

振り向きねこ。        忍びねこ。 

挨拶ねこ。          日陰ねこ。

日向ねこ。          困ったねこ(二匹)

洞爺、ススキノ、定山渓~♪森さんの歌唱で幼心に「定山渓って怖いところなんだろ~な~」と感じたこの温泉地。こうしてちゃんと体験してみるとイイトコだった。

数年前の夏、この前に来て「お~秘宝館の廃墟だ!」って近寄ると

中から「寄って行きますか?」とチケット切りのおばちゃん!

「モ、モチロンです!」と言って入ったので今回ものぞいてみたら、、、

本当の廃墟になっちゃった。復活を望みます。

秘宝館という響き、僕は大好き。手ずくりのエンターテイメントの復活を祈ります!

芦別ディランの前に近所のラーメン。これは炭鉱の街の名残、ガタタンラーメン。

人生なりゆきの精神衰えず。ディランの年賀はがきは毎年2月の旧暦正月。

今の日本、西洋かぶれに過ぎませんかと僕も思うわけです。

今夜は風呂は諦めるかと寂しく走ってたら旭川近辺で素敵な外観の風呂施設。

発見と同時に左ウィンカー「30分で出ます!」閉店30分前の滑り込み~!

すると露天でおっちゃん二人の会話に混ざってしまう。

お湯の入ってない湯船や施設は市の指導なんだと言うのはここの経営者でした。

加熱、循環、濾過と正直に表示してあって、でも清潔で¥420ですよ!松乃湯。

地元の人の為に体を張って頑張ってるのに役所方々は威圧的な対応をしてるのが目に浮かび、、、「社長、地元の人達のためにも負けちゃいけねぇよ」(寅さんふうに)

と励ましてたら、一時間近くはいっちゃった!番台の姉さんに怒られる~!

慌てて出てブルーアジア号を動かす準備をしてたら社長が飛び出してきて

「これ飲んできな」って、泣けるじゃないの。

やっぱ風呂上がりはお腹が下ったって牛乳なんだってば。ありがと~!

倶知安の長願寺の御住職は僕を温泉好きと知って2泊とも違う源泉の宿をとっておいてくれました。「過剰サービスはご遠慮下さい」嬉しさあまって申しておきました。

ライブ会場横の桝席では、お馴染みの地元の恐い方々の宴会(^^v

ホントになぁ~にもない街だけど、暮らしてる人々が個性的で歌を愛してる

日本で一番雪が降る街。スイカに魚も上手い、温泉もイイ、一度はおいでな。

再び日本海に出て北へゆく。

夏の間、それぞれに忙しさを背負ってる日本で一番北の街の人々が

なんとかバトンを継いで僕のライブを絶やさずにいてくれる。

フェニックスの隣の素朴なラーメンを食べてたらこみ上げてくるよ。

この道70年のおばあちゃんに負けてはなりませぬ若輩黄金井。

大先輩ミュージシャン達に負けてはおれませぬ若輩黄金井(^^v

オホーツクを東へゆく

上湧別チューリップ温泉は毎年お世話になってるような、、

去年ここに停泊したときは深夜まで賑やかだった向いの居酒屋が

今年はひっそりとしていて寂しかったなぁ

この駅のように遺産にならないで活きていて欲しい町。

湧別サンゴ草群生地をぬけて知床へ

ダイブ前の話になるけども、父の13回忌を行おうと

父のマブダチだった絵描きに連絡をとったら餓死していた。

今から40年ほど前の事

その絵描きがフランスから持ち帰った

お洒落なプジョーの自転車の黄色いライト

それが僕が始めて見たリアルなヨーロッパだった。

70年代、父の運転するトラックの荷台に大きな絵を載せて

上野の美術館に運んだ絵は文部大臣賞を受賞した。

前に立ってるだけで凍りつくかと思ったあの絵。

幼い僕と普通に会話をし、そしてとても優しかったあの顔には、そんな壮絶な人生は感じなかったけれど「僕の絵は北海道のホテルに飾られてるよ」

そう言ったのを思い出した、すると日本で一番端にあるホテルで対面できた

作風は変わっていた気がするけど、会えてよかった。

イルカにも、知床岬の滝に海側から会うこともできた

歓迎ありがと、イルカの皆さん!  おつとめごくろうさん、船員の皆さん!

見送りありがとう。        とにかくありがと~!

馬は遊び          ひまわりが騒ぐ、シエスタ♪

久しぶりに網走刑務所の昼飯しを食べに来ました。

少しキレイになってましたが「ここでは悪い事をした人達が改心する為に、、、」

と説明してあるのを見て「そんなふうに決めつけちゃうんだ」とがっかり。

ここには冤罪や政治犯の方々が沢山いたんですよ。

北海道のトンネルも道もこの方々の命で作られたんですよ。

浅はかな説明を平気でできるお役所仕事。

志賀直哉のくだりはいいんですが。

事実の奥の真実に皆さんも注意してくださいね! 

↓北見に着けば、いつもの力の抜けた皆さんの顔を見て一安心。

                 ↓ライブ前とは思えない控え室風景。

古い列車を眺めながら蕎麦をいただきます。

鶴居で見た鶴は野生だったそうで、ここ鶴センターに来る鶴とは違いました。


釧路に始めて来たときも霧だった。静かな情熱を感じるブロスのライブを終え、山へ

1955年に湖に沈んだタウシュベツ川橋梁。今年は遂に見えました。

それも想像より遥かにチッチャク!でもそのおかげでいい散策ができました。

いつも、小さいながらも冒険の戻り道、ブルーアジア号の姿が見えてくると

あぁ~無事に帰れたんだなっと喜びが湧きます。糠平館の湯、良し。  

以前から気になっていた糠平館観光ホテルに泊まってみました。

すると「今夜は近くで歌唱コンサートがありますよ」とフロントマン。

「ほ~イイですね!行きます」「ではお食事の時間を変えておきますね」

素朴だけどいいホテルだったなぁ。

たまに間違えながら然別湖に到着。すると「船が出るぞ~!」のアナウス!

何も考えずに「乗りま~す!」ブルーアジア号はそのまま道端で待機(^^)

岸に上がるとすぐ後ろに大阪ナンバーのコンパクトな車が荷物満載で停っておりました。のでオーナーと立ち話。

寝るときはテント、燃費はブルーアジア号の2倍(意外と少ない)らしいです。

でも、ブルーアジア号は衣装、CD600枚、簡易音響セット、旅行カバンX2

ギター2~3本、等を載せたまま車中で就寝可、控え室にも仕事部屋にもなります。

でもキャンピングカーには乗りたくないのが僕でありますからバッチリであります。

助手席は使えませんが(^^)

それから長~い下り坂を豪快に下って鹿追駐屯部隊に参加して、、。

哀愁の苫小牧でこの夏最後の北海道ライブ!

翌日は船に、ん?いつもと様子が違う、、、あ、港を間違えた!

では夏後半へ続く~!

 

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