お蔭様で2011年の舞う雪に世に唄うツアー無事終了!
公表してるスケジュールでは東京に戻れそうでしたが、そうは問屋が卸さずに
足掛け3ヶ月の冬のツアーは雪、雪、また雪。東京に戻って夜が明けたらまた雪。
三月なのになぁ~。でも「舞う雪に世に唄うツアー」だからなんか嬉しいのも事実。
今回は初めて九州の奥までこのツアーに入れたからね。みんな雪だったのは奇跡。
これも皆さんの信じる?心のお陰。ありがとうm( )m
さて、それでは記事は去年の春初めに戻ります。
では去年の海を渡る風に唄うツアー、まずは上海から
今までこのブログは日本国内でのライブ以外の画像に限ったけれども
HPの更新も大変なのでここからはあまりこだわらずに行きますかね。
行く度に激動の上海はタクシーの運転手さんまでエンターテイナー。
迎えてくれるファンファーレの面々も清く、、美しく(^^)v
ブルーアジア(OKカンパニー)でのラジオ収録を隣の猫が聞き耳を立てていた。
沼津に赤坂に、関東流れ者。横浜の赤レンガ、モーションブルーでハーレム最終便
同じ赤レンガでもこの建物は45年には戦場の病院となったそうです
つらい歴史を背負って今も立派に建っています。広島の生き証人だね
人物は左から、流れ川のスケさん、呉のカクさん、カフェのマスター
美味しい珈琲が飲めると勧められた店のテーブルの上にチェロが寝てました
聴きたいと言えばマスター弾いてくれました。贅沢な時間でございます♪
クレイトンホテルの窓からは呉の港。昔は戦艦、今は輸送船
いつ来ても大きな港だね~
ライブが終われば力強い打ち上げです。呉の夜は更けてゆく
そして宮島の春をずらっと並べてみました。(ひとつだけ鹿ですけど)
↓昔からお墓参りに行く時に必ず寄る店は豊田の妖気漂う高級喫茶。
↓ブルーアジア基地の中目黒の春もずらっと!
桜の季節に是非と呼んでいただいた和歌山のお寺は護念寺
しだれ桜の庭には戦火で亡くなった夥しい数の仏様が祀られています。合掌。
右の画像は控え室の風景。心清まるひと時でした(^^)v
大阪は法善寺横丁のトリイの社長の番組に出て、東京は紀尾井町で蟹を食べ
湘南でかくれんぼして岩手で猫に裁判してもらい
盛岡すぺいん倶楽部で演奏して、三沢基地で演奏して、他の出演者を撮影して
八戸ロックスで演奏して八食センターで蟹を食べる。これが正しい青年の生き方。
~旅の合い間に見る夢は、サメに朧の月の夜~
久しぶりに呼ばれた大館はノスタルジックのお手本です。
岩木山はいつも笑ってます、ただいま~!
右の画像一番右、毎冬を津軽で過ごす青年は、この日関東へ帰って行きました
え?いるんですよ、雪焼けで真っ黒なので見えませんが、、本当にいるんだってば
堀沿いに移転した行きつけの弘前のカフェ夫婦。右は角館のカフェ夫婦(^^)
東北道はよく月が見送ってくれます
東京は目黒ブルースアレイ、格調高そうで情熱のある素晴らしいお店と逢えました
ライブ後には懐かしい何人かに逢えました
リハーサル前に車から荷物を出そうと出て行ったら車が観光名所になってました。
ので、写メ撮りの皆さんの邪魔をしないよう通り過ぎ、こっそり戻って、、。
さぁさ、あけぼので青森へ行くのですよ
朝になったら秋田で飛びおり弁当買って飛び乗るのが正しい乗り方
津軽三味線会館へはローカル線を乗り継いでいくのが正しい作法で礼儀です
ローカル線は荷物の移動は大変だけどこんな景色を見せてくれるのですから
ちなみに津鉄の隣にいる方は津軽鉄道のポスターになっているミス津鉄ですから
一番左が有名な津軽鉄道の長靴社長。真ん中が山を越えてライブにきてくれる
美人秘書と偉い人。右のはライブ主催の御主人の奥さんと御子息とすし。でかい!
津鉄の風景は運営してる人とお客さんと風景の温もりの交差点
会場の向かいにある斜陽館と会場の中の記念撮影、あ、僕はここです
僕がライブで使ってる下駄はいつもここでオーダーしてます
最後の津軽下駄の職人さんは美人です。 猫の親子は休んでます
僕がお払いライブをした津軽のりんご畑で今日は日が沈むまで遊ぶのです
っとワープして広島。やはりなじみのカフェに顔出して(マスター以外はお客さん)
今年も広島宮島厳島(^^v毎年ここが一年の真ん中なんだよなぁ。感謝。謝謝。
兵庫の小学生達も遊びにきてくれはりました!さんきゅ~!
翌週は念願の伊東の指定文化財「東海館」前の川上特設舞台。
夕暮れと供に前日入りすれば、、う、美しい舞台です(涙)
数秒前まではランチは金曜再開だったが↓この方は遊び、いえライブ中心ですから
伊東の猫はのびのび遊んでます。僕のZバンは正確に荷物が入ります。
懐かしい海を見たら、いっぺん東京に戻ろう。
みんな、おつかれさん! ありがとう